三鷹周辺って、なんだかアニメ制作会社が多くないですか?
このように思ったことはありませんか?
実は、とりわけ三鷹(武蔵野市、三鷹市)にだけアニメ制作会社が多いというわけではありません。
正確には、アニメ制作会社はJR中央線沿線に集積しています。
これは、行政による支援が厚いという理由ではなく、アニメ産業の成り立ちに関係があります。
この記事では、「三鷹にはなぜアニメ制作会社が多いのか?」といったシンプルな疑問から始まって、「三鷹とアニメとの関係」「スタジオジブリ」について調査した結果をまとめたので、解説します。
JR中央線沿線にはアニメ制作会社が多い
日本のアニメ制作会社の分布(2020年)を見ると、背景美術や編集などを含む制作工程に携わる企業は合計で811社。このうち、東京は692社と全体の約85%を占めています(出典:日本動画協会「アニメ産業レポート2021」)。
東京でも特に、JR中央線沿線にアニメ制作会社が多い傾向が顕著です。
杉並区149社、練馬区103社、中野区47社、三鷹市29社、武蔵野市37社と、アニメ制作会社は特に東京西部に集積しています。
アニメ制作は古参からの独立が多い
東京西部にアニメ制作会社が多い理由として、アニメ制作会社の源流といえる以下3つのスタジオが立地していたからと言われています。
①東映動画
②虫プロダクション
③竜の子プロダクション
の3社です。
現代のアニメ制作会社は、これら古参の制作会社から独立して立ち上げてきたパターンがほとんどです。
たとえば、東映動画(現:東映アニメーション)から独立した制作会社の中には、スタジオジブリやSTUDIO 4℃があります。
独立後も出身会社と協業でアニメーションを制作することも多いので、出身会社の近くに立地するほうが便利なのでしょう
また、スタッフも多くはその近隣に住んでいるので、緊急時でも集まりやすいというメリットもあります。
アニメ制作の地方化も進んできた
アニメ制作会社が東京に集まるもう1つの理由として、首都圏のテレビ放送キー局や、映画会社のほとんどが東京に拠点があることも挙げられます。
ただ近年では、テレビによる売上よりもNetflixなどの映像配信による売上が比重を増してきています。
2020年の調査結果では、「配信」によるアニメの市場規模が930億円に対して、TVアニメの市場は839億円。調査以来、配信が初めてテレビを追い抜きました。
このような背景もあり、現在では地方でのアニメ制作も盛んになってきています。
京都アニメーションの成功を皮切りに、近年では仙台や鹿児島、沖縄にまでアニメ制作の現場が広がっています。
三鷹近辺に立地するアニメ制作会社を紹介
ここで、三鷹(武蔵野市、三鷹市)の近辺に立地するアニメ制作会社の一部を紹介します。
制作会社ごとの代表作品も併せて記載しているので、あなたに馴染みのある会社かもしれません。
タツノコプロ
- 所在地 武蔵野市中町1-19-3 武蔵野YSビル2F
- 代表作 「マッハGoGoGo」「タイムボカンシリ-ズ」「Wake Up, Girls !」
タツノコプロは、さまざまな現在のアニメ制作会社の源流となっている老舗(しにせ)スタジオ。採用ページでは、クリーンな職場をPRしている。
原作を基にしないオリジナルアニメを得意とし、作品にかかわる権利の9割以上を自社単独で保有しており、キャラクターのスピンオフ作品も多い。
▼タツノコプロ 本社所在地
スタジオぴえろ
- 所在地 三鷹市下連雀2-29-13
- 代表作 「NARUTO-ナルト-」「おそ松さん」「キングダム」
スタジオぴえろは、虫プロダクション・竜の子プロダクション出身の布川郁司氏が発足。
週刊少年ジャンプ作品のアニメ元請けを得意とし、その実績数は老舗である東映アニメーションに次ぐほど多い。
▼スタジオぴえろ 本社所在地
\Amazon Prime会員なら見放題!/
PRODUCTION I.G.
- 所在地 武蔵野市中町2-1-9
- 代表作 「攻殻機動隊」「キル・ビル(アニメパート)」「鹿の王」
PRODUCTION I.G.(プロダクション・アイ・ジー)は、かつてタツノコプロの制作プロデューサーだった石川光久氏が設立。
石川氏は実業家としての側面もあり、同社は『進撃の巨人』を制作した「WIT STUDIO」などもグループ会社として持つ。
▼PRODUCTION I.G. 本社所在地
STUDIO 4℃
- 所在地 武蔵野市吉祥寺北町3丁目4番17号
- 代表作 「鉄コン筋クリート」「海獣の子供」「えんとつ町のプペル」
STUDIO 4℃(よんどしい)は、スタジオジブリの田中栄子氏とマッドハウスの森本晃司氏を中心に、1988年に発足。
クリエイターの才気を活かしたハイクオリティな映像を得意とする。同社は過去に、社員から残業代の不払い訴訟を起こされたこともあるが、裁判は終結している。
▼STUDIO 4℃ 本社所在地
スタジオディーン
- 所在地 武蔵野市吉祥寺南町4丁目4番13号
- 代表作 「らんま1/2」「るろうに剣心」「薄桜鬼シリーズ」
スタジオディーンは、サンライズの仕上検査を担当していた長谷川洋氏が1975年に設立。スタジオ名は最初に手掛けた作品「勇者ライディーン」が由来となっている。
現在の住所へは2006年に移転。企画から編集まで一貫した制作ラインが特徴で、オリジナル作品も多数制作している。
▼スタジオディーン 本社所在地
スタジオポノック
- 所在地 武蔵野市境南町2-10-21 新倉ビル
- 代表作 「メアリと魔女の花」「屋根裏のラジャー」
スタジオポノックは、スタジオジブリを退社したプロデューサーの西村義明氏が立ち上げた、アニメーション映画スタジオ。2015年4月に設立された。
長編1作目の「メアリと魔女の花」は、米林宏昌監督をはじめ、スタジオジブリで活躍してきたクリエイターやスタッフが多数参加した。
▼スタジオポノック 本社所在地
スタジオジブリは三鷹にはない
最後に豆知識として、大人気アニメ映画「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」で有名な、スタジオジブリについての話題です。
「三鷹の森ジブリ美術館」(三鷹市立アニメーション美術館)が三鷹市にあるという事実から、誤ったイメージを持ってしまいがちですが、スタジオジブリは現在、三鷹には立地していません。
ジブリはかつて吉祥寺にあった
ジブリのスタジオは、1980年代に「となりのトトロ」と「火垂るの墓」を制作していたときは、吉祥寺にスタジオがありました。
吉祥寺駅の北口に2箇所ありました。
ひとつはこの井野ビル。1Fに「武蔵野文庫」という喫茶店がある建物の2Fに、かつてのスタジオジブリ・第1スタジオがありました。
そのわずか100m先に、スタジオジブリの第2スタジオがありました。スプリングハウスという建物の2Fです。
現在のジブリは東小金井
その後も「魔女の宅急便」「おもひでぽろぽろ」「紅の豚」とごく短期間で、続けざまに劇場用アニメの制作に取り組んでいたスタジオジブリ。当時はスタッフが約90人在籍していました。
そのため吉祥寺のテナントでは手狭となってしまい、東小金井に新たなスタジオを建築しました。
それが現在の第1スタジオです。
現在では、その至近地に第2スタジオ、第3スタジオも立地しています。
現在のスタジオを建築することになった経緯などは、スタジオジブリ公式サイト内「スタジオジブリの歴史」に詳しく書かれています。
とても読み応えのある内容です。制作裏話的な内容もあり、おそらく鈴木敏夫プロデューサーによる著述と思います。ジブリ作品の歴史に興味のある方は、一度読んでみてはいかがでしょうか。
スタジオジブリの歴史はこちら
まとめ
いかがでしたか?今回は「三鷹周辺にはなぜアニメ制作会社が多い?スタジオジブリは三鷹にはない?」をお伝えしました。
このブログでは、人生をちょっとだけお得に送るための生活改善情報を発信しています。よろしければブックマークや、プロフィールページからTwitterのフォローをお願いします。
それでは^^
\Amazon Prime会員なら見放題!/
コメント